舞台俳優応援スタンス-20歳社会人編-
今流行りのトピック「応援スタンス」について
今はもうほとんどオタクではないので1年前くらいまでのスタンス。
■基本情報
・20歳都内勤務事務職
・都心まで電車で一時間ちょいくらいの実家暮らし
■担当
テニス出身俳優。
なんとなく名前は出してないけど過去のエントリを読めば大体察しはつくはず。人気があるかないかで言えばあまりない方。仕事はあるほう。多分。
■好きになる基準
・あまりオタクを釣らないでうまく飼うタイプ
・でも優しい
歴代ちょっかい出してきた人たちに共通点がないのできっと直感。
■雑誌を買う基準
載ることが極めて稀なので全買い。
テニス中載った雑誌は1誌だけだった。それでもキャラクター的には奇跡に近い。
今は大きな作品に出ていらっしゃるので現役で追ってたら結構な冊数買うことになっていたのかもしれない。
■円盤を買う基準
発売日を過ぎて買ってないとその後絶対買わない法則があるから基本は公演期間中に予約。
記念に買うだけなので一人で観ることはほぼない。友達と鑑賞会開けば観るけど開催されなかったら未開封のまま積んであることもしばしば。歴代好きな作品BEST3が全部DVDになっていないのが不満すぎる。
■現場に行く基準・遠征に行く基準
行けるだけ行く。
平日昼公演はそのときの自分の仕事の状況を見て有休とって行ったり行かなかったり。夜と土日祝は全部入りたい派。
■公演グッズを買う基準
基本は全部。たまにある1セット1000円全15種みたいな地獄かよみたいなときは貧乏なので全買いはしない。
ランダム缶バッジとかメセカとかチェキとかは自引きするまではとりあえずやって2.3枚出したらやめる。
物販に関しては舞台を観に行ったらとりあえず買うものって認識で、特別欲しくて買ってるわけでもないので整理をほぼしない。おかげで家の至る所から発掘される。
■お金
ほかのおたくに関して一番知りたかったのが貯蓄支出の割合だったんだけどあんま書いてる人いなくてかなしい。
わたしは毎月同額貯金して携帯代とか色々払って残ったお金を全部趣味に使ってた。月給の1割くらい毎月貯金でボーナスの3割を貯金に回してました。
非オタからしたら使いすぎって怒られるだろうけどこれでも頑張っていた方だと思ってる。おたくをやめてからは貯金額増やしたよ。
■SNS/ブログ
自分ではTwitterとブログをやってる。
推しへのリプとコメントは気が向いたらするけどあんまりしない派。公開ラブレターみたいでなんか恥ずかしいから。
■手紙/プレゼントについて
大体作品ごとに1通と1品。
プレゼントは大体2万でおさまるもの。日曜日が千秋楽だとしたら打ち上げとかで荷物になるから大体土曜に預けてた。絶対着てくれるし身につけてくれるし、とにかくあげたものの9割くらいはヘビロテの人なので貢ぎ厨は彼のおたくになりなよ。あげたその日に写真があがることなんてザラだし、マチネでプレボに預けたらソワレの客出しで着て出てきたこととかあった。沸いた。
スタンド花もプレゼントに入れていいなら毎公演。大体2.5〜7。
非ドル時代は無理だった。
テニス出身の人はみんな大好きだった。テニス時代同志が中々見つからなくてようやく探し当てて繋がれた人たちだから仲は良かったと思う。
知り合った人殆どみんな年上で落ち着いたお姉さんたちだったし、貢ぎ!全通!対応!みたいな目の血走った人たちじゃなかったから仲良く出来たんだろうなと思う。追ってたときは自分のことを見守る系オタ()と思ってたけど今考えるとまぎれもないガチ恋だったから似たようなタイプのオタクがいたら絶対いがみあってたはず。
連番したり公演終わりにご飯食べながら今日もよかったねえって平和にほのぼのお話出来たのはこの現場だけだったし本当にみんな大好きだった。
今度その人たちと旅行に行くよ。本当に今でも仲良くしてくれる友達が出来て彼にも感謝をしたい。
■総括
大体こんな感じ。
金と予定の都合のつく限り通い、おたくとも仲良くしたい派。同じものを好きな人と好きなものの話を出来るというのはすごく素敵なことだよ。
推しのことを世界で一番すてきでかっこよくてかわいくて人間としてちゃんとしている人だと思っていたし、わりと今も思ってる。
幸せをもらっているからわたしもそれを返そうと思って色々してたけど、一般職OLはおかげで常に金がなかった。
おたくをやめてどうなることかと思ったけどわりとまともに生きています。しかしなぜか金はない。
隣の芝は青かった
季節は春。3〜4ヶ月に1度くらいしか更新していないおかげでエントリをあげるたびに状況が変わっている。最近起きた出来事を上げるとすれば俳優のおたくを辞めて彼氏が出来た。
君がいる世界の中で
人生!本気(マジ)もったいないよ!
お昼に職場のデスクで昼食をとりながらはてなのアイドルカテゴリーをチェックする生活を送っているのだが、このエントリーを読んで血を吐いた。
わたしは小学6年生頃にへいせいせぶんらへんのクソ茶の間だった時期が一瞬あり、じゃんぷの初ドームコンに一度だけ行って以後ノータッチみたいな底辺のおたくである。なので今の今までジャニーズに関してコンサートに行くだとか紙媒体をチェックするだとかバラエティを見るとかそういうことは一切していない。けれど深夜ドラマがやたら好きなので日テレのおかげで安井くんの顔と名前くらいはなんとなく知っていた。しかしこのような現実的なことを言うような人だということは全く存じ上げなかったので、ただただ驚きと心に負った傷をどうしようかということで立ち読みに寄った書店で暫くの間狼狽えてしまった。
「僕たちはファンのエネルギーであってすべてではないから、僕たちを“楽しみ”のすべてにしないで」
引用の引用になるが、もうそうですねとしか言えない。それな。安井くんそれな。正論すぎて何も言い返せない。
言い返せないけれど、わかっていても貴方に会うことを本気で生き甲斐にしている人達はきっとたくさんいるしその為に会社を辞めたり就活を頑張ったりお金を捻出する為にバイトに明け暮れたりしている人達だって沢山いるんだよと思うと胸がぎゅっとなる。それはこちら側が勝手にやっていることであって一度も頼まれていないし自分に全てをかけているようなおたくに対して人生!本気(マジ)もったいないよ!*1と思ってしまうのもわかる。自分たちを人生にちょっとした潤いを与えてくれる人達としてライトに受け取ってほしいのかもしれない。
またジャニーズファンの方の引用になるが、このエントリーで初めてフォト一揆という言葉を知った。数年前にテニスの公演でいせだいきの写真を大量に買ったオタがいたみたいな話があったような覚えがあるが、さすがはジャニーズといったところで格が違うなと感じる。話は変わり、わたしが言及したいのはフォト一揆に関してではなく
別にいいよ、かけもちしたって。二人に同じだけお金と力を注げるのであれば。100ある力を50:50にするんじゃなくて、どっちも100ずつかけられるんならばこの部分である。単推しから掛け持ちへ贈る言葉だ。すごく良くわかる。きっとこの言葉を放った人は、"アイドルに全てをかけているような人"なのではないかと勝手に想像をしてしまった。
オタクじゃない私が分かんない
毎週末どこかのイベントやライブや舞台へ足を運んでいた頃から時を経て単推し状態の今現在、時間が有り余り過ぎておりあまりのする事のなさに我ながら呆れている。
ガチ恋だった私の今と昔
TwitterでRTされまくっているこの記事。これを読んで一体どれだけの人たちが共感したのだろう。ジャニーズその他アイドル若手俳優バンドお笑いK-POP声優プロレスなどなど、生身の人間を追っている人だったら大抵の人は思うところがありそうな記事で、例外なく自分もそうだった。
わたしのおたく歴史は大きく3つに分けられる。ミュージカルやらストレートプレイやら、テニミュキャストの出ている舞台を誰彼構わず手当たり次第に観ていた時期。非アイドルの内の一つのグループを追っていた時期。そして1人の俳優のみを追っている今。この3つに分けた中で、あのエントリに共感出来たのは非アイドルを追っていた頃のわたしだった。
「リア恋」という言葉がある。リアルに恋してる、の略で恐らく「ガチ恋」等の単語と同義。アイドルを本気で好きになってしまう現象、その状態、そうなっている人のことを指す
まさにこれだった。非アイドルの現場では、リア恋をさらに短くした「りあこ」という言葉があった。当時は自虐で「◯◯くんのりあこ♡」とTwitterのbioに書いたりしていたけど、今思うと自虐風に見せかけて結構マジだった。
彼を知った入口はテレビドラマで、顔が好きという理由一つで現場へ足を運び、顔面を拝めるだけで、ステージにいて歌を歌っているだけで、とてつもない幸福感とパワーが貰えた。だけど例のごとくいつの間にかレスを貰えないといい対応を貰えないと目を見て貰えないと、泣いて家に帰るようになっていた。
わたしの応援していた人は対応がものすごくヘタクソだった。塩対応って言葉があるけど、多分おたくがキモいからとかこんなことをやりたくないからとか、そういうのじゃなかったと思う。ファンに何を言えば喜ぶかとかレスの仕方とか、ピックの投げ方とかそういうのが全然分かってなかった。例えば2ショでハート作る時に女の子の背に合わせて屈もうとか、顔を褒められてもテンプレが言えずにどうせ顔だけ…ってネガティブにしか返せないところとか、営業が全くできないというかそもそも営業を知らないその辺の男子高生だった。そこが好きだった。
わたしが言ったこと、冗談、全てがマジレスで返ってきた。わたしは人と話すのがあまり得意でないし、それは芸能人相手であっても変わらない。マジレスの人と話すのは凹むことも多いし仕込んだネタもほとんどが不発に終わった。だけど回数をこなせば変わってくるもので、やがてライブでレスをする様になった。初めてレスを貰ったのもピックを貰ったのもこの人が初めてだった。
レスをするようになるということは当然レスが欲しくなるわけで、最前の0番がほしいわけで、夕方18:00くらいからのイベントに始発で行くとかそういうことをした。全然人気のない人たちだったからこんなことをしなくても大抵余裕で最前は取れた。
人気のない人を推していると、少ない少ないおたく同士で協力しあうのだろうと思うかもしれないが、そういう美しいことは生まれなかったしやっぱり推しかぶりは敵だし0番も争う。人気のある人のおたく達よりその争いは醜いんじゃないかなと個人的には思っている。
だって例えば今大大大人気の鈴木拡樹さん主演で両脇が植田くんと鳥越くんの舞台があったとして、その最前0番に座るのはめちゃくちゃ難しいかもしれないけど、推しかぶりが3人4人とかだったら頑張れば99.99999%くらいの確率で0番に立てる。だからみんな争う。でもわたしが追ってた頃、頑張るのは極々少数だった。たまにガッツが新登場してもすぐに消えていった。もちろん他のメンバーのファンで頑張ってる人はいたけど推しかぶりではほとんどいなかった。そのくせグループでは彼が一番人気があった。
人気があるということは客席にわたしと同じ色のペンライトがたくさんあるわけだ。グループ自体の人気がないせいでライブ開始1時間前くらいに来たくせして2列目3列目の前方にいる推しかぶりに、始発で並んで0番を取ったわたしよりもレスが行くのは我慢がならなかった。負けたくなくて自分が一番である確信が欲しくてCDも高校2年生にしては、というかあの現場にしてはまあまあ買った方だと思う。セールで3000円くらいになった洋服を迷って迷って結局買わなくっても、特典会で1度にCD30枚買うとかプレゼントを買うとか聖誕企画をやるとか、そういうことは平気で出来た。CDの枚数や貢ぎがわたしはここにいてもいい人間だという自信をくれた(今思うと全くもって大した金額じゃない)。グループの人気があまりにもなさ過ぎて一度のライブで毎回10枚以上買えば積んでる部類に入るレベルだった。
だけど一度レス厨になってしまったら干されるようになったが最後、降りるか、これからも推し続ける覚悟を決めるかの2つの選択肢しかなかった。推し続ける覚悟を決められないまま、降りる覚悟も出来ないまま、沢山のお金と時間を使ってきたという意地だけでズルズルとライブに足を運ぶ日々だった。
だけど今、あの現場へ足を運ぶことがなくなってから丸2年が経った。行かなくなった原因は些細なことだった。最前に入れなくなったから。それまで最前で見なかったことはなかったし皆勤し続けてきたけれど、行けないライブ、最前に入れなかったライブ、そういうのが続くと「今回もバイト被ってるしいっか」となってしまい、そうなれば今まで必死で代わりにシフトに入ってもらう子を探したり朝早く起きて支度してライブへ行ったりするのが途端に馬鹿らしくなった。
こうしてわたしが高校生活を投げ捨て必死になって追いかけ、干されれば帰り道に大泣きをして病み、「あの頃はよかった」「あの時の◯◯くんかわいかった♡」とわざとTwitterで懐古と推されアピをこれ見よがしに垂れ流し続けた日々は呆気なく終わりを迎えた。もし私が他のグループのおたくだったのなら別の応援の形があったかもしれないし、強火には勝てないと早々見切りをつけて他の現場に行っていたかもしれない。たまたまあのグループのおたくになりたまたまガッツ(仮)になってしまった。現場を降りた後、わたしの手元に残ったのはたくさんのCDだけだった。楽しかった思い出も辛かった思い出も、今はあまり覚えていない。
人気がなかったために幸か不幸か、非ドルの匿名掲示板ではそのグループのスレは全く動いていなかった。今になってあの時の推しが営業をするようになったと聞いても特にピンとこないし2年しか経っていないのに未練も綺麗さっぱり無くなった。推していたのは夢だったのかなあと思う程に他人事になっている。
物理的な距離の近い世界を離れて俳優を追っている今、あの頃は良かったと思うこともしばしばあるが現場に戻りたいという気は少しも起きない。今現在、現場において辛いことが全くと言っていいほどなく、クリーンなおたく生活を営んでいる為である。
りあこ気質のわたしが平和な生活を出来ているのはわたしが他のおたくを潰したからだとかそういったことではなく、他に"独占欲が強く舞台はほぼ全通、貢ぎは毎回、巨大なスタンド花を出す、公開垢で空リプ牽制"などのような推しかぶりがいない為であり、そもそもガッツがどこにも見当たらない為である。自分で言うのは少し憚られるが恐らくわたしはその中では最も通っている部類だと思っている。だからといって特別推されているということでもなく、営業をされるわけでもなく、いちファンと役者といった感じの関係で所謂オキニとは程遠いように思う。
特別推されていなくても一番ではなくても、「ありがとう」というたった一言を言ってもらえるだけで良いと思えるし1公演だけ観に来た人でも通っている人でも同じようにしている所が素晴らしいと今は思う。
正直非ドルの時は繋がりたいと思っていたし付き合えるのなら付き合いたかったし痛い痛い女オタだったけれど、たった2年の間にも色々あり、 繋がりってそんなに良いものじゃないし繋がった所でその先は真っ暗だということに何となく気付いてしまった。繋がったわけじゃないのに。
そもそも自分が大好きで大好きでたまらない人と繋がれたとして、それはすごく嬉しいことかもしれないけれど「この人は結局オタクと繋がるような人間だったのか」っていうガッカリは絶対してしまう。手が届きそうで届かない綺麗なものを追いかけて行きたいし、エゴサしまくる癖に学校バレとか本人垢バレとか、自分で探してるのに実際見つかったらめちゃくちゃガッカリするしそれで降りたこともあった。
相手も生身の人間なんだと最近になってやっと分かってきた。わたしに良対応をする為のロボットじゃないし、体調が良くない日だとか何となく機嫌が悪い日とか、そういうのを全部対応も仕事の内なんだからちゃんとしろで片すのはあまりにも乱暴だと思えるようになった。
文字にしてみると推されないせいで求めるハードルをどんどん下げているように見えるけれど、掘って掘って自ら粗探しをしてやっぱりかよって捨て台詞を吐いて降りるのはあまりに愚かで無駄な行為のように感じたからだ。長く長く応援したいと思える人なので、その人がファンに向けて向こうの世界から発信している事だけを受け取って幸せを感じていよう。そう思った。おたく辞めたいが口癖なのに長く応援したいとか、対応厨なのに平等が素晴らしいとか、矛盾ばかりだけど今現在これといって悩みがないので現状がベストなのだと思う。
悩みを強いて挙げるならば、わたしのようなおたくが1人付いているよりも、その人のお芝居が好きで毎回1公演だけだけれどどうしても来たくて。という人が大勢いた方が役者冥利につきるのだろうなという事だ。そうなってくるとわたしの存在意義など無くなってくるし結局わたしはよく思われたいという理由だけで通っているのではという不安にさらされ以下ループである。
特別な対応じゃなくっていい、一番じゃなくてもお気に入りじゃなくてもいい、ただ、ありがとうとか嬉しいとか、わたしが貴方の役に立っててほんのほんのほんの少しだけでも力の源になれているっていう確信が欲しい。それだけ。
おしまい。
クワガタとの歩み
アイドル・芸能人のブロググループに登録しておきながら今回のエントリでは今週のお題に乗っかって「飼ってる、飼ってた、飼ってみたい!」について書く。
自分で欲しくて買ってもらったのは小さい時に飼ってたハムスターと縁日の金魚くらいなんだけど、父の趣味でかれこれ15年ほど家にクワガタがいる。それも沢山。
我が家の家族構成は父母姉わたしの4人で、父以外は全員女。だから誰一人としてクワガタ育成に興味がないし、父も黙々と買ったり育てたりしてるだけで家族で話しているときに話題に上ることはほぼない。だから"飼ってる"というよりは"家にあるもの"という認識の方が正しいのかもしれない。
15年も家にあり続けるクワガタに関する知識がほぼ無いし興味もないからもし父が突然事故や病気で入院したり亡くなったりしたとしたら誰もクワガタの面倒をみてやれないのだ。
15年間でクワガタの生態に関する知識が養われることはなかったけど、クワガタ育成を趣味にしている人用の雑誌があったりお店があったり、そのカルチャー自体はわりと面白そうで結構興味深いのでどこにも需要がないであろう記事を書く。
父がよくクワガタ関係のものを買いに行くお店には、クワガタ以外にもカエルや外国のGとかバッタとか色々いて、結構面白いんだけどわたしは虫全般が苦手だからお店に付いていくことがあっても爬虫類コーナーしか見なかったし、最近はその店たちも閉店することが多いみたいで今では1店舗しか知らない。わたしは。
店がなくなる前はクワガタを育てて成虫をその店に置いてもらって売るっていうちょっとしたお小遣い稼ぎになってたみたいだけど、最近はそれもないから完全に趣味になってるらしい。関係ないけどたまに菌糸ビンから巨大なキノコが生えるからそれを家族でゲラゲラ笑いながら観察することはある。
で、面白いのが中野にむし社っていう会社があって、そこでは毎年正月にクワガタの入った福袋が売ってるの。父上は毎年それを買いに行ってて、過保護だから母も父にくっ付いて行ってて、今年わたしも中野行きたいって理由だけでくっ付いて行ったんだけど結構面白かった。
店舗自体はそんなに広くないんだけど所狭しとクワガタの入ったカゴとかゼリーが並んでいて、わりとお客さんも沢山いて。店員さんに若い女の人がいたのが印象的だった。カブトムシゆかりさんみたいに虫好きな女の人も結構いるものなのかななどと思ったりして。
出口には蛾の図鑑になってるカレンダーポスターがご自由にお取りくださいって置いてあった。どう考えてもいらないのにお母さんはせっかくだからとか言って2つくらい持って帰ってた。未だに家のどこにも貼ってない。
そんなわけで特に家族に迷惑をかけることもなく自分の趣味の範囲内でクワガタを育ててて、母もたまに協力っていう形で受け入れてるんだけど一度だけ事件があった。
それはわたしが小学3年生の時の話。
朝、支度を終えてランドセルを背負って靴を履こうとしたとき、何かがつかえていて靴に足が入らなかった。ガンガンやっても入らない。覗いて見ても暗くて何も見えなくて、手を突っ込んでみると、何だか手触りの良いツルツルした硬いものがすっぽり隙間なく入っていて全く取れなかった。わたしは靴をそれしか持っていなかったからそれを履かないと学校に行けないし、友達が家の前で待ってる。焦ったわたしはブンブン振ったり床に叩きつけたり引っ掻いたりして必死に掻き出そうとした。3分くらい格闘を続けたらポロっと黒い何かが出てきた。
察しはつくと思うけど、脱走したクワガタだった。メスの。わたしは靴をぶん投げて泣いた。メスのクワガタってツノは無いし、とりたてて特徴が無い。わたしはGかと思ったし靴から出てくるはずの無い物体が出てきてトラウマになった。散々突いたり掻き出そうともしていたわけだし。だけど靴にクワガタが入っていてショックだから学校休みますは当然母には通用しなくて、仕方なくその靴を履いて登校する羽目になった。
下校して父の帰りを待ち説教をして、それからクワガタを入れるケースの蓋が硬いものになった。靴の中に入っていたメスクワガタはピンピンしていたらしい。
15年近く共同生活をしてるけどクワガタの思い出って言ったらこのくらい。毎年夏に哀川翔が虫採りのロケをするバラエティーは家族で見てる。結構おもしろい。
それぐらい。わたしは猫を飼いたい。