ガチ恋だった私の今と昔

 

TwitterでRTされまくっているこの記事。これを読んで一体どれだけの人たちが共感したのだろう。ジャニーズその他アイドル若手俳優バンドお笑いK-POP声優プロレスなどなど、生身の人間を追っている人だったら大抵の人は思うところがありそうな記事で、例外なく自分もそうだった。

わたしのおたく歴史は大きく3つに分けられる。ミュージカルやらストレートプレイやら、テニミュキャストの出ている舞台を誰彼構わず手当たり次第に観ていた時期。非アイドルの内の一つのグループを追っていた時期。そして1人の俳優のみを追っている今。この3つに分けた中で、あのエントリに共感出来たのは非アイドルを追っていた頃のわたしだった。

「リア恋」という言葉がある。リアルに恋してる、の略で恐らく「ガチ恋」等の単語と同義。アイドルを本気で好きになってしまう現象、その状態、そうなっている人のことを指す

まさにこれだった。非アイドルの現場では、リア恋をさらに短くした「りあこ」という言葉があった。当時は自虐で「◯◯くんのりあこ♡」とTwitterのbioに書いたりしていたけど、今思うと自虐風に見せかけて結構マジだった。

彼を知った入口はテレビドラマで、顔が好きという理由一つで現場へ足を運び、顔面を拝めるだけで、ステージにいて歌を歌っているだけで、とてつもない幸福感とパワーが貰えた。だけど例のごとくいつの間にかレスを貰えないといい対応を貰えないと目を見て貰えないと、泣いて家に帰るようになっていた。

わたしの応援していた人は対応がものすごくヘタクソだった。塩対応って言葉があるけど、多分おたくがキモいからとかこんなことをやりたくないからとか、そういうのじゃなかったと思う。ファンに何を言えば喜ぶかとかレスの仕方とか、ピックの投げ方とかそういうのが全然分かってなかった。例えば2ショでハート作る時に女の子の背に合わせて屈もうとか、顔を褒められてもテンプレが言えずにどうせ顔だけ…ってネガティブにしか返せないところとか、営業が全くできないというかそもそも営業を知らないその辺の男子高生だった。そこが好きだった。

わたしが言ったこと、冗談、全てがマジレスで返ってきた。わたしは人と話すのがあまり得意でないし、それは芸能人相手であっても変わらない。マジレスの人と話すのは凹むことも多いし仕込んだネタもほとんどが不発に終わった。だけど回数をこなせば変わってくるもので、やがてライブでレスをする様になった。初めてレスを貰ったのもピックを貰ったのもこの人が初めてだった。

レスをするようになるということは当然レスが欲しくなるわけで、最前の0番がほしいわけで、夕方18:00くらいからのイベントに始発で行くとかそういうことをした。全然人気のない人たちだったからこんなことをしなくても大抵余裕で最前は取れた。

人気のない人を推していると、少ない少ないおたく同士で協力しあうのだろうと思うかもしれないが、そういう美しいことは生まれなかったしやっぱり推しかぶりは敵だし0番も争う。人気のある人のおたく達よりその争いは醜いんじゃないかなと個人的には思っている。

だって例えば今大大大人気の鈴木拡樹さん主演で両脇が植田くんと鳥越くんの舞台があったとして、その最前0番に座るのはめちゃくちゃ難しいかもしれないけど、推しかぶりが3人4人とかだったら頑張れば99.99999%くらいの確率で0番に立てる。だからみんな争う。でもわたしが追ってた頃、頑張るのは極々少数だった。たまにガッツが新登場してもすぐに消えていった。もちろん他のメンバーのファンで頑張ってる人はいたけど推しかぶりではほとんどいなかった。そのくせグループでは彼が一番人気があった。

人気があるということは客席にわたしと同じ色のペンライトがたくさんあるわけだ。グループ自体の人気がないせいでライブ開始1時間前くらいに来たくせして2列目3列目の前方にいる推しかぶりに、始発で並んで0番を取ったわたしよりもレスが行くのは我慢がならなかった。負けたくなくて自分が一番である確信が欲しくてCDも高校2年生にしては、というかあの現場にしてはまあまあ買った方だと思う。セールで3000円くらいになった洋服を迷って迷って結局買わなくっても、特典会で1度にCD30枚買うとかプレゼントを買うとか聖誕企画をやるとか、そういうことは平気で出来た。CDの枚数や貢ぎがわたしはここにいてもいい人間だという自信をくれた(今思うと全くもって大した金額じゃない)。グループの人気があまりにもなさ過ぎて一度のライブで毎回10枚以上買えば積んでる部類に入るレベルだった。

だけど一度レス厨になってしまったら干されるようになったが最後、降りるか、これからも推し続ける覚悟を決めるかの2つの選択肢しかなかった。推し続ける覚悟を決められないまま、降りる覚悟も出来ないまま、沢山のお金と時間を使ってきたという意地だけでズルズルとライブに足を運ぶ日々だった。

だけど今、あの現場へ足を運ぶことがなくなってから丸2年が経った。行かなくなった原因は些細なことだった。最前に入れなくなったから。それまで最前で見なかったことはなかったし皆勤し続けてきたけれど、行けないライブ、最前に入れなかったライブ、そういうのが続くと「今回もバイト被ってるしいっか」となってしまい、そうなれば今まで必死で代わりにシフトに入ってもらう子を探したり朝早く起きて支度してライブへ行ったりするのが途端に馬鹿らしくなった。

こうしてわたしが高校生活を投げ捨て必死になって追いかけ、干されれば帰り道に大泣きをして病み、「あの頃はよかった」「あの時の◯◯くんかわいかった♡」とわざとTwitterで懐古と推されアピをこれ見よがしに垂れ流し続けた日々は呆気なく終わりを迎えた。もし私が他のグループのおたくだったのなら別の応援の形があったかもしれないし、強火には勝てないと早々見切りをつけて他の現場に行っていたかもしれない。たまたまあのグループのおたくになりたまたまガッツ(仮)になってしまった。現場を降りた後、わたしの手元に残ったのはたくさんのCDだけだった。楽しかった思い出も辛かった思い出も、今はあまり覚えていない。

人気がなかったために幸か不幸か、非ドルの匿名掲示板ではそのグループのスレは全く動いていなかった。今になってあの時の推しが営業をするようになったと聞いても特にピンとこないし2年しか経っていないのに未練も綺麗さっぱり無くなった。推していたのは夢だったのかなあと思う程に他人事になっている。

物理的な距離の近い世界を離れて俳優を追っている今、あの頃は良かったと思うこともしばしばあるが現場に戻りたいという気は少しも起きない。今現在、現場において辛いことが全くと言っていいほどなく、クリーンなおたく生活を営んでいる為である。

りあこ気質のわたしが平和な生活を出来ているのはわたしが他のおたくを潰したからだとかそういったことではなく、他に"独占欲が強く舞台はほぼ全通、貢ぎは毎回、巨大なスタンド花を出す、公開垢で空リプ牽制"などのような推しかぶりがいない為であり、そもそもガッツがどこにも見当たらない為である。自分で言うのは少し憚られるが恐らくわたしはその中では最も通っている部類だと思っている。だからといって特別推されているということでもなく、営業をされるわけでもなく、いちファンと役者といった感じの関係で所謂オキニとは程遠いように思う。

特別推されていなくても一番ではなくても、「ありがとう」というたった一言を言ってもらえるだけで良いと思えるし1公演だけ観に来た人でも通っている人でも同じようにしている所が素晴らしいと今は思う。

正直非ドルの時は繋がりたいと思っていたし付き合えるのなら付き合いたかったし痛い痛い女オタだったけれど、たった2年の間にも色々あり、 繋がりってそんなに良いものじゃないし繋がった所でその先は真っ暗だということに何となく気付いてしまった。繋がったわけじゃないのに。

そもそも自分が大好きで大好きでたまらない人と繋がれたとして、それはすごく嬉しいことかもしれないけれど「この人は結局オタクと繋がるような人間だったのか」っていうガッカリは絶対してしまう。手が届きそうで届かない綺麗なものを追いかけて行きたいし、エゴサしまくる癖に学校バレとか本人垢バレとか、自分で探してるのに実際見つかったらめちゃくちゃガッカリするしそれで降りたこともあった。

相手も生身の人間なんだと最近になってやっと分かってきた。わたしに良対応をする為のロボットじゃないし、体調が良くない日だとか何となく機嫌が悪い日とか、そういうのを全部対応も仕事の内なんだからちゃんとしろで片すのはあまりにも乱暴だと思えるようになった。

文字にしてみると推されないせいで求めるハードルをどんどん下げているように見えるけれど、掘って掘って自ら粗探しをしてやっぱりかよって捨て台詞を吐いて降りるのはあまりに愚かで無駄な行為のように感じたからだ。長く長く応援したいと思える人なので、その人がファンに向けて向こうの世界から発信している事だけを受け取って幸せを感じていよう。そう思った。おたく辞めたいが口癖なのに長く応援したいとか、対応厨なのに平等が素晴らしいとか、矛盾ばかりだけど今現在これといって悩みがないので現状がベストなのだと思う。

悩みを強いて挙げるならば、わたしのようなおたくが1人付いているよりも、その人のお芝居が好きで毎回1公演だけだけれどどうしても来たくて。という人が大勢いた方が役者冥利につきるのだろうなという事だ。そうなってくるとわたしの存在意義など無くなってくるし結局わたしはよく思われたいという理由だけで通っているのではという不安にさらされ以下ループである。

特別な対応じゃなくっていい、一番じゃなくてもお気に入りじゃなくてもいい、ただ、ありがとうとか嬉しいとか、わたしが貴方の役に立っててほんのほんのほんの少しだけでも力の源になれているっていう確信が欲しい。それだけ。

 

おしまい。