あなたに優しくする理由 - 月刊「根本宗子」第14号 スーパーストライク

初めて根本さんの作る作品を観たのは2015年の5月。それからもう2年半近くも経ってしまった。第10号の「もっと超越した所へ。」から数えてわたしが観てきたのは外部公演を含めて10本。2年半の中で全作品を観たわけではない上にドラマの脚本なども書いているので驚異的なスピードで作品を世に出していることを感じる。

 

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出演
田村健太郎 長井短 ファーストサマーウイカ 根本宗子

今回の作品は男性1名と女性3名だけで上演される。今までわたしが観てきた色々な舞台の中で最小人数かもしれない。

根本さんの作る舞台は基本的に外部公演以外あらすじが事前にわからない。公式ホームページにはその作品を作るにあたった根本さんの思いのようなものが綴られているけど、それは決してあらすじではないから観に行くまで一体どんな話なのか想像も出来ない。

今回の第14号のタイトルは『スーパーストライク』。タイトルからなにもイメージを膨らませることが出来ないまま、観劇当日を迎えた。タイトルから想像は出来なくてもそれまで9本は観ているわけなので何となくクズ男vsヒステリックな女のバトルだろうと思っていた。

 

Tinder (出会い系マッチングアプリ)を舞台にして物語は進む。

  • マリ (25)・・・職業:ツイキャス主。視聴者数は常に1500人ほど。2Kまたはそれより広いマンションを借りて一人暮らし。家賃はツイキャスなどの収入から自分で払っている。美容やファッション系のツイキャス主と見られる。
  • エイミー (24)・・・職業:トリマー。マリとはジムで知り合い意気投合、同じマンションの別の部屋に住み始める。マリがモデル業をする際はヘアメイクなどを担当している。
  • 黒川 (25)・・・職業:不明。マリの同級生であり親友であったが事情により現在は親交がない。マリのツイキャスを欠かさず視聴している。
  • 南くん (30)・・・職業:ミュージカル俳優 (志望)。友人がおらず人と接する際の距離感がおかしい。見かねた知人が「お前はアプリくらいから始めたほうがいい」と助言し、Tinderを始める。地味メガネ。

 

事はマリがTinderで南くんに"スーパーライク"を送ったことから始まる。 (スーパーライク=Tinderにおける"いいね"のようなもの)

小さい頃から親しい友人がおらず友達との正しい距離感が分からないせいでゲイと疑われ全く友達が出来ない男、横手南。そんな最中、「お前はアプリくらいの距離感から始めた方がいい」と知人に勧められ、恋人を探すアプリ (Tinder )を始める。しかし南はTinderを友人を探すアプリと勘違い。マッチングした女の子たちと仲良くなりたい一心で全員に全力で優しくするが距離感が近いこと・底抜けに親切なことなどが災いし、全員から好きになられてしまう。南にスーパーライクを送ってきた3人は実は知り合いだと分かり・・・?

ざっくり書くとこんな感じかな。

 

今までわたしが観てきた根本さんの作品と異なる点は、今回唯一の男性役である南くんが決してド畜生ではないというところ。他3名の女性陣からそれぞれ好意の矢印を向けられるも、3股をするわけでも誰か1名と付き合って他2名を酷くフるということもない。穏やかで争いごとが好きではない、Tinderのスーパーライクをスーパーストライクと間違えてしまうような可愛いメンズなのだ。

 

今回のこのスーパーストライクという舞台はめちゃくちゃ、めっっっちゃくちゃ面白くて、何でかっていうとこの一見ただのイイヤツである南くんに対する印象が話の進むにつれ、どんどん変化していくから。

 

南くんは地味だし、色も白くて細くて文化系男子そのものみたいな外見をしている。ミュージカル俳優志望なので当然ミュージカルが大好きで、ミュージカルの話をするときは目をキラキラさせて歌ったりしてすごくかわいいし、とにかく底抜けに優しい。彼女でもない女の犬の世話をしてくれるし、逃げたハムスターを一緒に探してくれるし、抱きしめて!って言えば抱きしめてくれる。僕にできる事なら!というスタンスでほとんど何でもしてくれる。

"ほとんど"と付けたのは、ただ一つだけしてくれないことがあるから。それは、物語に出てくる3人の女たちが最も求めていること=お付き合いをするということ。南くんは3人と友達になれたことがとにかく嬉しいようで、彼女を作るというステージへ行くのは自分にはまだ早いと本気で思っている。

「〇〇さえ良ければ、これからも友達でいてほしい!だってこんなに仲良くなれたのは初めてだから!」って告白された女全員に真面目に言うような男である。とにかく南くんの中では彼女よりも友達という存在のほうが遥かに重要なものらしいということが、時の流れとともにじわじわとわかってくる。異常なほどに"友達"でいることに執着があるように思う。

 

話は変わり、職業ツイキャス主であるマリ (長井短 )は学生時代に1人は必ずいたような、高飛車で顔が綺麗でスタイルも良く、お洒落でお喋り、常に周りに人が絶えない代わりに敵も多いようなヒエラルキー最上位の女である。そんなマリに召使いのように呼びつけられ、ツイキャスの視聴率向上目的で飼い始めた犬の世話をさせられているのが、トリマーであるエイミー。いつも突然電話で呼びつけられ、仕方なくマリの部屋へ行けば遅いと文句を言われ、犬のフンが臭くて無理だから何とかしてと言われ、めちゃくちゃな注文を怒りもせずやれやれという雰囲気で聞いてあげている。

マリがTinderで「この横手南って人超タイプ!!」と言ってスーパーライクを送っている瞬間を横で見ていた人物である。エイミーはマリを少しでも痛い目に合わせたいという出来心で南くんにスーパーライクを送る。

 

根本さんの舞台は基本的に場所が決められている。ここは誰の部屋、あそこは誰の部屋というふうに決められていて、キャラクターに合った部屋がかなり緻密に作り込まれている。その為あるときは部屋、あるときは映画館のように舞台上で場所が変化することはほとんど無く、常に誰かの部屋で物語が進んでいく。

例のごとく今回のセットも舞台上部が3分割されていた。向かって左がマリの部屋。美容ファッション系ツイキャス主らしくかわいくデコレーションされている。中央がエイミーの部屋、というかトイレ。ここが落ち着くと言って、いつもトイレに座布団を敷きカップラーメンを食べている。もしかすると、トリマーの収入で家賃を払うのが厳しく食費をケチっているのかもしれない。

そして、向かって右が黒川という女の部屋。黒川はいつもマリのツイキャスを視聴している熱心な視聴者のようである。見ているだけではなく、マリを参考にしたのであろうファッションを見に纏い飾りつけなどが施された部屋に住んでいる。扉やテーブルの見た目からして恐らく黒川の部屋は和室である。築年数がそこそこ経過しているように見える部屋に似合わぬ華やかなデコレーションが、逆に物悲しさを演出していた。

一連の流れからして黒川には親しい友人がいないように思える。そしてその分、Tinderで出会い親しくなった横手南に執着しているように見える。黒川が横手南にスーパーライクを送った理由は、マリが南にスーパーライクを送ったことをツイキャスの放送で聴いていたためである。 (マリがオフラインにするのを忘れていて、Tinderを使っているという会話が放送されていた )

 

物語中盤に黒川の口から自分はマリと知り合いだということが明かされる。

「マリとは学生時代の親友であり何でも話す仲であった。ダサかったわたしはマリが仲良くしてくれるのが本当に嬉しかったし、マリが友達に紹介してくれた時も特別な気持ちになれた。ある日好きな人がいることを明かすと親身に相談に乗ってくれ、彼の好きな髪型などを教えてくれた。思い切ってショートカットにした翌日、登校すると自分と全く同じ髪型にしたマリがいた。そうしているうちにマリは彼と付き合い始め、これからは仲良くするのやめようと言われた。最初から私は引き立て役に選ばれただけだったと気がついた。思えばいつも一緒にいたのも同じ服を一緒に買ったのも、マリを引き立たせる為に利用されていたからだ。マリは家が裕福だったけど私は一生懸命バイトしてやっとマリの遊びに付き合うことが出来ていた。でもマリとの付き合いをやめたわたしには何も残らなかった。」

そんなような内容だった。マリがどんなに酷い女なのか、自分がどんなに辛い思いだったか、どんなに酷い目に遭わされたか、黒川は南に必死で訴えていた。

南にスーパーライクを送ったのはマリの大切なものを奪ってみたかったから。だけど南くんはすごく優しくて、だんだん本当に好きになってしまった、マリに取られたくなかったと言って、黒川は南に告白をする。ずっと黙って聞いていた南は「ひとつ確認なんだけど、それって悪口のプレゼンじゃないよね?僕のことを思って言ってくれるだけだよね?」と問いかける。

横手南めちゃくそ鋭いな。悪口のプレゼン (プレゼントだったかも )って女の愚痴大会あるあるだよね。時折わたしも悪かったとは思うけど…みたいな言葉を挟んでみたりして、いやお前絶対思ってないだろみたいな。

 

南の言葉に焦りながらもそうだよと言うと、「良かった。ならいいんだ。マリちゃんと黒川の過去に色々あったことはわかったけど、それは僕には関係のないことだから。僕は2人とも大切な友達だし、黒川はマリちゃんを貶めたくて僕にスーパーライクを送ったのかもしれないけど、それでもこんなに仲良くなれたのが物凄く嬉しいんだ。だから、黒川とは付き合えないけどもし良ければこれからも友達でいてほしいんだ」と南は言う。

 今のところ、南くんは圧倒的に正しい。

 

今の時点で4000字くらいだけどまだ続きます。

 

場所が変わり、今度は南の部屋にエイミーが来ている。その時南の部屋にはマリの飼い犬モアナもいる。マリは実家に里帰り中。モアナは日頃面倒をみているエイミーに懐いているため、マリと親交があることが南にバレてしまう。エイミーもまた、黒川と同じようにマリにぎゃふんと言わせたくてスーパーライクを送ったのだということが判明する。

そんな中、突然弓矢がどこからか飛んできて南のお腹に突き刺さる。救急車を呼ぼうとすると南に止められ、気が動転したエイミーはマリを家に呼んでしまう。エイミーと南に親交があることを知らないマリは電話口で何でお前がそこにいるんだと発狂。エイミーは南に横になったらと促すが、なぜか次第に南は元気になり、いい機会だから!と黒川まで呼びつける。この時点でエイミーは黒川という女を知らないのでポカンとしている。

 

そうして、物語終盤で今まで常に2人組以上のペアが存在しなかった舞台上に初めて4人が集合する。

 南の部屋を訪れたマリは物凄い剣幕でエイミーに食ってかかる。矢が刺さったなんていう意味不明なことを聞かされた上、エイミーが好きな男の部屋にいるんだから無理もない。マリの口から出るのは人格否定のオンパレード。言い返すのも嫌になるほどの罵声を浴びせられているところに黒川が到着する。もちろんマリは黒川と南に親交があることを知らないので、黒川にも罵声を浴びせる。「あんた何でここにいるわけ?あたしあんたの顔二度と見たくないんだけど」

ここで横でオロオロしているだけだった元凶の南が口を開く。「黒川とマリちゃんの間に色々あったことは黒川から聞いた。でもこうやって知り合えたのは何かの縁だからこの機会に2人に仲良くなってほしくて」

2人の間を取り持とうと声をかけるがマリの人格否定は止まらない。

「あんた突然あたしの連絡先全部拒否して目の前から消えたと思ったらなんなの?なんであんたがここにいるわけ?しかも服もあたしとお揃いだし怖いんだけど…まじでなんなの?」

「これはわたしお金ないから昔の服をまだ着てるだけで…」

「はあ?これ1ヶ月前に買ったやつだから。何嘘ついてんの?」

客席で聞いていて感心してしまうほどにマリの罵倒は語彙が豊富で、さすがツイキャスで喋りの仕事をしているだけのことはあるなという感じである。多分今までの人生でも、常に罵声を浴びせる側だったんだろうな。あんなにハキハキと流暢に人を怒鳴ることはなかなか出来ない。

マリの怒りはエイミーに向かったり黒川に向かったりとめどなく溢れ、見かねた黒川はエイミーの気持ちが分かると言い出す。黒川・エイミーvsマリの幕開けである。

「わたし分かるよこの人の気持ち。マリと一緒にいるとなんか劣等感っていうか、卑屈になっちゃってすごい自分が嫌になる。マリに色々お願い事されてすっごく嫌なのになぜか聞いちゃう自分がいるし、もしわたしが聞かなかったら他の誰かがマリの隣に行くんだって思うとそれも悔しくて出来なくて。マリの隣がわたしじゃなくなったら、わたしは本当に必要のないただの引き立て役だったって認めることになるからそれも嫌で。実際今マリの隣にはエイミーとかいう知らない人がいるし。マリから離れて何年も経つのにやっぱりマリのことが気になってツイキャスとか見ちゃう自分がいる。でもあんだけ執着してたのに、いざ会ってみるとあーわたし何でこの人にこんなに執着してたんだろうって気持ちになってきたし、もう自分でも複雑すぎてこの気持ちはわかんないよ」

1億回のわかる。黒川の気持ちが死ぬほどわかる。中学生の頃、ただのおたくだったわたしはなぜか強めのグループに属していた。ヒップホップダンスをずっと習っていて学校帰りに渋谷などに繰り出している友人と、あまり学校に来ない不良グループと親しい友人とわたしの3人組だった。2人とも違う世界を知っているんだなと思っていたし羨ましかった。そんなグループにいることで、ただのおたくだけどわたしもちょっと都会的な?イケてる気がしていた。虎の威を借るとか腰巾着みたいな言葉がぴったりなのかもね。自分を持ってなかったわけだし、2人の言葉はいつもかっこよく聞こえた。

 

女3人のやりとりに収集がつかなくなった頃、突然南が「今何時!?やばい伏せて!!」と大声を出す。その瞬間、壁に一本の矢が飛んでくる。怯える3人をよそに「Tinderで矢を飛ばすのが趣味の子と知り合ってさ。でも飛ばす相手がいないっていうから僕でよければって言ったんだ」と、南はニコニコと話している。

「待って待ってわたしら以外にもTinderで知り合った人がいるわけ?」

「うん!えーーーと、3人を入れて14人かな?」

「…………14人に同じくらい優しくしてたってこと?」

「同じくらいかは分からないけど、僕に出来ることは大体やったつもりだよ!」

「弓矢飛ばすのすら受け入れてるんだからお願い全部聞いてあげてるでしょ」

 

 度重なる驚きの事実に段々と疲弊してきた3人と入れ替わるように、ここから怒涛の横手南のターンが始まる。男女の友情問題。先述したけれど、横手南にとって彼女よりも友達のほうが何倍も何十倍も重要な存在であるという部分が紐解かれていく。

Tinderを通して出会った女の子たちとどんどん仲良くなれていることが嬉しくて仕方がないという南に対し3人は「わたしたちのような犠牲者を増やしてはいけない」という思いの元、南の話に耳を傾け意見をぶつける。

「Tinderは出会い系アプリなんだよ?」

「うん。友達を作るためのアプリだよね!すごくいいよね!」

「恋人を作るためのアプリだよ。あんたがそうやって好意もないのに優しくしてくるから、そんなの好きになっちゃうに決まってるじゃん。失礼だよちゃんと出会いたい人に。」

「僕距離感とかわからなくて、いつも気持ち悪いって言われて友達全然出来なくて、でも初めて、初めてなんだ3人みたいに意見をズバズバ言ってくれる人は。だから僕はみんなともう会えないなんて嫌だ。だってこんなに仲良くなれたんだから!」

「あたしらは別にいい友達なんかじゃないからね。アプリで出会った友達なんて急激に仲良くなって親友みたいな関係になることもあるけど、ほとぼりが冷めたらそのあと一生会わないみたいなその程度の関係なんだよ。あたしらがこんなに喧嘩ができるのは付き合いが長いから。南くんはあたしらみたいな関係をすぐに築こうとするから変な距離感になっちゃうんだよ。好きになっちゃうよそんな距離感で来られたら。わたしたちは女で、南くんは男なんだから」

 

南くんは会話に慣れていないのか、時折話についていけずノートにメモを取りながら話に参加していた。「みんなの気持ちを理解したいんだ」と言って突然ノートに向かい始めたと思えば、わかったぞ!!と言って話に戻ってくる。変な方向に一生懸命で、人の気持ちには鈍感な南くんがどんどん可哀想に思えて仕方がなかった。

距離感がおかしいせいで同性にはゲイと疑われ敬遠され、唯一仲良くしてくれる人が現れたと思えばその人はゲイで。そんなことばっかりでようやく仲良くなれたと思ったら今度は告白されてしまって。具体的に横手南の何がどういけないのかずっと考えているけど、なかなかハッキリとした答えが出ないままもう数日が経ってしまった。南くんはたびたび理解した!!と言うけど、それは現象として把握出来ただけで別の人間なんだから他人の感情の動きを真に理解は出来ていないんじゃないかな。

帰りたそうにしている3人を無理やり引き留めて縋り付いて、結局自分が一人で寂しいから構ってほしい友人として自分を安心させてほしいっていう身勝手な考えがあるんだなあと思った。

クラスに一人はいたよね。別にものすごく性格が悪いとかお風呂に入ってないとかそういう明らかに孤立するような理由があるわけじゃないのにいつも1人でいる子。いじめられてるとかではないし話しかけられればこっちもちゃんと返事をするし。でもちょっと変わってて、たまに可哀想だからと思って声をかけたりするけど、あんまり構ってると仲間だと思われてついてきちゃうから適度に距離を取るみたいな、そういう子。

わたしは自分が悪いやつだと思いたくないから適度に話しかけるタイプだったけど、それはわたしが優しいからではなくその子が可哀想だから。少し下に見ていたと思う。多分マリだったら聞こえるように悪口を言うんだろうな。わたしにはそんな勇気はないし、自分を良い子だって思うために、その子を利用していたと思う。でも南くんも優しくしていた理由は友達になりたいからっていうら下心があったわけだしお互い様ということにはならないだろうか。

そんなことを考えていた。南くんは一度病院に行ってみたほうがいいんじゃないかな。あそこまでいくと発達障害だと思う。

 

舞台の感想ブログあんまり書かないからどうまとめればいいのかわからなくて内容をほぼ全部書いてしまった。スーパーストライク、めちゃくちゃ面白いからわたしの知り合いみんなに観てほしい。感想が聞きたい。こんなに面白い演劇を観ることが出来てとにかく幸せでいっぱいな気持ちです。

 

おしまい