さくらまつり

非オタへの道(失敗)

演じなくなった推しを好きでいられる自信がない

俳優が歌手活動を始めたりアイドルが俳優や女優業をすることは往往にしてあるけれど。推しが本来とは違う活動を始めた場合は、やっぱり有無を言わず本業と同じように追いかけるものなんだろうか。世の中のおたくである人たちの一般論として、どうなんだろう。

ガチ恋(仮)でなくなったことを自覚してからというもの、そんなことをずっと考えている。ガチ恋の思考回路はとても単純なもので(私の場合は)、彼そのものが丸ごと全部好きなので仕事内容が何であれ全て行くというのが当たり前なのだ。それがつまんなかろうが趣味と違おうが、どうだって良い。推しが動いているところが観られればそれでよかった。

"ガチ恋じゃない場合"というのはすなわち彼という芸能人のどこか特定の部分を好きで応援しているということである。例えばそれが芝居だったり歌唱力やダンスだったとしたら、そうでない新しい境地に踏み込んだ推しを変わらず追い続けられるんだろうか。そういうファンの割合って一体どれだけなんだろう。ガチ恋とは言わずも、推し人間性が好きな場合はどんな仕事だって変わらず応援出来るかもしれないな。

今応援している人がもしこの先全然違う世界に行ってしまったら、残念だけど私はもう応援出来ないなあと思う。それって引退しちゃうくらい悲しいな。だって芸能人は続けてるのに自分の好きな推しの瞬間をもう見られない。つらい。

平行して両方の仕事をする場合が1番多いだろうけど、それでもその片方の仕事の時間を元の仕事に使ってくれたらなって思ってしまうと思う。これは完全にわたしの願望なのでそれを推しに言うことは出来ないしそんなこと言うのはファンとして失格なんだろうけど、ずっと役者一本でいてほしい。歌いたいならミュージカルに出ればいいじゃない。ファンミで好きな曲歌ったらいいじゃない。

心が狭くてごめん。でも役者をやっていない推しを、変わらず好きでいられる自信がない。どうか頼むよ。

 


アンジュルム『わたし』(ANGERME[I am.])(Promotion Edit)

おしまい