さくらまつり

非オタへの道(失敗からの)

敬語だった頃のほうが

オタ卒(仮)前に追っていた人に出戻っておたくをしている。おたくやるのがしんどくなって本命を降りた時の降り先の人である。

1年半前まではお互い敬語で話していたはずなのに出戻ってからは何故かお互いタメ口になった。いつそうなったのか全然思い出せないけど気兼ねなく会話が出来るようになり、クソみたいな会話が出来るようになったので今すごく接触が楽しい。そもそもお金が取れると分かればとことん取りに来る系の事務所なので接触現場が多いのだ。話せる回数が元本命よりめちゃくちゃ多い。楽しい。

だけど、接触は楽しいけど。

わたしはもともと推しが神様の世界で信者のように生きていたおたくなのだ。接触のすくな〜〜〜〜い現場でたまに会話が出来て緊張して緊張して、話せて嬉しくて泣くようなおたくだったのだ。接触が少ない為に推しという人間に理想の人物像を投影し、今回も推しは素敵な人だった。またプレゼントを着てくれた。ファン想いで素晴らしい人だ。って、崇め奉っていたような、思い込みと信仰心で今までやってきたおたくなのだ。教祖様によく思われたいという気持ちが全ての原動力だった。

本命とタメ口なんて初体験だから今知ったけど、タメ口で適当な会話が出来る人はわたしにとって神様にはならないみたいだ。

そんなわけで崇め奉らないでおたくをする方法がわからなくて狼狽えている。友達みたいに話せるのに友達じゃないし、信仰対象でもなかったら彼は一体わたしの中のどのポジションにいるのだろう。

お芝居が好きだから応援しているけど、プレゼントあげたいなって思うし使ってくれたら嬉しいし、長い手紙も書いていて、宗教時代とやってることは特に変わらないのに気持ちの方向性が分からない。理想像を投影出来ない相手にガチ恋は出来なくて、でもプレゼントはあげたくて、おそらく今わたしは歴代最高に純粋な気持ちで俳優を応援しているんじゃないだろうか。嫌いとかきもいと思われても別にいいし、炎上しても芝居を続けてくれるならどうでもいい。わたし今良いおたくすぎない?

ただひとつ、邪心なく応援出来るようになった代償として必死さを失った。よく思われたいという動機を失ったら死に物狂いでおたくをやる心が死んだ。モチベーションが壊滅状態。現場に行くの週一でも多いかななんて思い始めてきている。わたしはさっさと結婚出来るように頑張って現実を生きるから、きみもどうか俳優として大成してくれたまえ。全通もしないし全通どころかそんなに現場に行かなくなったけどきみが売れることを願っているよ。今わたしは俳優に頼らなくても自力でなんとかやれているから、人間生活をやるのがしんどくなったらまた沢山通い出すんだと思う。だからどうかそれまで仕事が続くよう彼にお金持ちのファンがたくさんつきますように。

ガチ恋おたくがガチ恋じゃなくなるとお金をかけないでおたくをするようになるということがわかりました。現場からは以上です。

 

おしまい。